個展「影をおりたたむ」 ※オープニングレセプション :11月29日18:00〜20:00 ※特別展示は11月29日ー12月1日 会場:アートフロントギャラリー/東京 協力:株式会社カシマ
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モノクロームで作品を表現する作家は数多い。しかし私たち視覚世界は当たり前のように色彩があるため、モノクロームの写真が登場する19世紀を待つまでドローイングや版画の製作手法を限定した世界以外ではモノクロームで大きな作品を制作することなど思いもよらなかったかもしれない。むろんアングルの「オダリスク」のような特例はある。色彩という目を惹く要素が少ない為、モノクロームは描かれたもののボリュームの表現に秀でているように思われる。 椛田ちひろはこれまで黒いボールペンを基調として製作をしてきた。身体の中にある見えない闇の中で自身が掴み取る行為あるいはその対象となる曖昧な「何か」を表現してきた作家である。目で見えない何かを具現化する場合、私たちの視覚世界の基調とは異なり、それはおそらく色彩を持たない対象であったという点でモノクロームの表現も自然であったかもしれない。あるいはボールペンを使うという前提を考えると即興的なドローイングの領域に近く、モノクロームが表現としても自然のなり行きだったのだろうか。 一方、椛田のモノクロームはこの数年で変化をしている。初期の作品群を見ると掴み取りたいと思っている形が曖昧なままであったのかもしれないが、白地に溶け込むようにして細い線で輪郭が構成されているものが多い。この数年の作品を見ると鏡という新たな支持体を使い始めた影響もあってか、描いたボールペンの黒々とした面を光沢のある塊として描き、ボールペンで描いた黒の輪郭が際立ってゆく。ボリューム感が増す一方でそれまでの即興的な、あるいは自身が本能的に描いている印象は薄れてゆく。一方で、思考やコントロールされた作品としての面白い作品が出てきた反面、時にはフォルマリズムに陥っているのではないかと感じることもあった。 そう思っていた頃、椛田は今年初旬のスイス、チューリッヒでの個展を境に色のあるボールペンを本格的に使って作品を作り始めた。文房具屋に行くと黒と赤のボールペンだけでなくありとあらゆる色のボールペンが並んでいる。もはやあの青みを帯びた黒い色はボールペンという素材においてステレオタイプな色でなくなっているのかもしれない。明確なフォルムをとるに至ったモノトーンの作風から、色を使うことで椛田の作品世界は再び明確な輪郭を失いながらも、本来この作家にあった即興的で曖昧な部分を取り戻しつつ、色彩をコントロールすることで作品の可能性が大きく広がっているように思われる。そればかりではない。私たちはこの時代にあって、固有のアーティストしか成し遂げられない同時代の表現を求める。古来多くの芸術家が探究してきた整ったフォルムを求めた結果としての作品というだけではなく、あるいは作家個人の表現の発露としての作品というよりも、現在を背景として常に新しい素材やテーマに取り組みながら変化し、見たことのないものを提示してくれるのが現代のアーティストだ。作家も自身が今この時にあって他者と共有できるのかを見定めつつあるはずだ。今回の展覧会ではこれまで基礎となっていたモノトーンから振幅を広げることで新たな展開の入り口に立つ。私達はみな、そうした椛田の作品を本来は待ち続けているのではないだろうか。 アートフロントギャラリー 近藤俊郎 |